収穫しない仕事

2019年1月23日 § コメントする

ここ数回のブログ記事は、「未来に続くD&Iデザイン」というテーマで書いています。
今日は別のお話でひと息入れたいと思います。と言っても、発達段階理論と関係のあるお話ではあります。

それは、『収穫しない仕事』について。

私は、異文化感受性アセスメント(IDI)を使って仕事をしたり、学術研究をしたい方たちが学びに来る、IDI認定セミナーの講師もしています。IDI認定セミナーには、パブリックセミナーといって、どなたでも受講できる認定セミナーの場合と、プライベートセミナーといって、一つの組織内の受講者が一定数以上いる場合に限り、その組織に出向いて行って認定セミナーを実施する場合があります。

先日は、プライベートの認定セミナーの要望をいただいて、コロラド州デンバーまで出かけていきました。そこでの受講者のみなさんとね、たくさんのお話をしたわけですが、とっても思い出に残る出来事がありました。

それは、受講者のお一人からのある質問から始まりました。多様な学生たちの集まる大学のキャンパスを、よりインクルーシブに、すなわち学生たち誰もがイキイキと学べる、教職員も皆がイキイキと力を発揮できる、そんなキャンパスにしたいと、情熱を持っている教職員の受講者ばかりでした。その中から溜息のように、もしくは見えないところで沸騰している熱湯から思わず噴き出した湯気のように、私に投げられた質問は・・・

「イライラしませんか?」

なんの話だったと思いますか?

人を育てる立場にある受講者のみなさんが、同じ「人を育てることを仕事としている」仲間の私に対して、救いを求めるように投げかけた質問でした。

異文化感受性発達理論に沿った教育について、ディスカッションをしていたときでした。相手は学生であれ、同僚であれ、上司であれ、家族であれ、誰もが学びのプロセスの途中にいるのだ、さらに育っていく存在なのだ、という立場をとるのが発達段階的アプローチです。異文化感受性発達理論に関して言えば、発達段階が大きく5つの段階に分けて説明されています。誰もがそれらの段階を一つ一つ学び、たどって、成長していくわけですが、ひとつ知っておかなければならないことがあります。それは、

発達段階をスキップすることはない、

ということです。ある段階をとばして、先の段階に進んでしまう、ということはできないのですね。おもしろいですね。ただ、意図的に学習を進めることで、停滞することなく、段階をよりスムーズに通過していくことは可能です。そのための研修やコーチングを私はしている、と言っても過言ではありません。

と、いうことは、まず前提として、教える側の私たちは、常に(常に、です)自分自身の発達に取り組んでいなければなりません。

なぜなら、自分自身の発達段階が、直接(直接、です)自分の学習者にどのような学習機会を提供できるか、というキャパシティを決定づけるからです。要するに、自分が自分の発達に胡坐をかいて、他人の発達についてどうこう言えるかいっ!ということです。そして、自分自身が今いる発達段階までの発達サポートしかできない、ということです。

まず顕著なのは、自分自身の発達が不十分な教育者側の人(講師、教師、コーチなど)は、待てないのです。異文化感受性発達理論で言うならば、受容の段階までの異文化感受性では、

「学習者の発達を待つ」

ということが、時に悶絶するほどに苦しかったりもします。悶絶しないまでも、

なんでわからないかなぁ~、もう!

と、ちょっとイライラするんですね。それはすなわち、

早くここ(自分のいるところ)まで来いよ!

という、焦り。その中には、発達段階をとばしてでも来ればいいのに!という無理難題を含んでいることが往々にしてあります。ある意味、横暴ですね。

でもね、とってもよくわかるのです。痛いほどわかります。先生方は、世の中を良くしたい、と思っているのですよね。そのために、若者たちに素晴らしい教育の場を提供して、社会に貢献したいのですよね。だから、イライラしちゃうんです。早く成果を見たいんですよね。

・・・それで、「収穫」の話になったんです。私はこうお話ししました。

私も人間ですから、自分が仕事に参加した畑の収穫物を見たいです。できることなら。畑を耕して、種をまいて、水をやって、肥料をやって、見守った畑の収穫なら、私もその恩恵に与かりたいとも思います。出来た野菜や果物なら食べてみたいし、花を育てたなら、その花を飾って愛でたい。でも、人は違います。人を育てるというプロセスにおいては、私の人生の長さでは収穫の時まで見届けられないことが多いのだと思っています。なにしろ、私自身もまだ成長の途中で、自分自身でさえ収穫に値する果実になるところまで、至っていないのですから。私が研修やコーチングで関わり合う機会をいただいたみなさんに、私は私にできる限りのサポート(畑仕事)をしたいと心がけています。でも、哀しいかな、収穫?収穫しようなんて、そんな贅沢なことはもう思っていません。どんな実がなるのか、どんな花が咲くのか、垣間見られたらいいなぁと、いつもひっそり願ったりしますが、収穫しようとは、もう思わないのです。収穫のためにやっていたのでは、この仕事はできませんから。自分の手で収穫できなくても良いのです。

私も覚悟を持って人生かけて仕事をしています。あまりに真剣にお話をしたので、ちょっと鬼気迫った感があったのかもしれません。みなさん、しーんとなって、耳を傾けてくださいました。その後、場を少し和ませようと、

まぁ、そんな私でも、やっぱり人間ですからね~。セミナーの感想シートに「こんなところが良かったよ~」なんて褒め言葉を書いてもらえると、嬉しくって次の日からもがんばろう!って思えるのよね。なんて、言ったのです。そして・・・

その日の感想シートに、受講者の一人が描いてくれたメッセージ、それが写真の絵です。

「The Harvest(収穫)」

2日半のセミナーでしたが、密で濃厚な学びの時間の中でみなさんが手にした収穫を、私に共有してくれたのだと、そんなふうに受け取りました。いや、ほんまに、泣きました。

異文化感受性豊かな、平和な世界を育てる。

そのために仕事をしています。その大きなビジョンにおいての収穫は、私の短い人生と微々たる貢献では見ることはないのでしょう。でも、日々の仕事の中で、フィードバックとしてくださる肯定的な言葉は、やはり力になります。役に立ったよ~!と、言ってもらって、私はまたはりきっちゃうわけです。

昨年12月に帰国していた際に、いくつかの教育機関で研修をさせていただきました。その際の受講者のみなさんからのご感想が届きましたので、いくつかご紹介したいと思います。研修の内容に関しての感想や、学びや気づきについての共有もたくさんいただいていますが、中には講師としてのメーカー亜希子についてのご感想をくださる方もあります。嬉しい言葉のギフト。

  • 講師の、柔らか、かつ、パワフルなファシリテーションが、とても良かったです。あまり、アメリカンな雰囲気がなくて、とても心地よかったです。
  • 講師の先生は関西弁で親しみやすく、たいへん分かりやすい講義でした。
  • あたたかな雰囲気、インクルージョンの雰囲気。研修のテーマを、研修の雰囲気からも実感しました。
  • 講師の方が、日常の中で異文化体験を重ねている具体例がわかりやすく、また、説得力がありました。講師の方の態度が非常にオープンで、嫌みがなく、自然に話に入っていくことができました。講師として、自分自身の社会的な立場だけでなく、存在として、対面した参加者に向き合える方だなと、人間的な強さを感じました。
  • 講師のメーカー先生が場の空気を大切にされ、参加者に楽しかったと思って帰ってほしい、という思いがとても伝わってきました。あたたかい雰囲気で、参加者主体の研修という意味で、ファシリテーション力についても学ばせてもらうことができました。
  • メーカー亜希子さんのような話し方、立ち振る舞いをする人に出会ったのは初めてでした。こういう人のことを異文化感受性が高いというのかと衝撃的でした。

オーケストラの内と外のダイバーシティ ~「歓迎する」の妙~

2017年11月6日 § コメントする

セントポール室内管弦楽団に、研修&コンサルティングに入っています。

え?異文化感受性とオーケストラに何の関係があるの?

と、思いますよね。

stained-glass-windows.jpg

これが大アリ!

異文化感受性を育てることで、オーケストラのパフォーマンスをUPする!

・・・そんな取り組みなのです。

 

オーケストラと言っても、ただステージに立って楽器を奏でることだけが仕事ではありません。舞台裏にはたくさんの仕事があるんですよ。オーケストラの内なる多様性・・・。例えば、オーケストラという組織には、どんな役割の人たちがいるのでしょうか?

 

ミュージシャン

コンサートの舞台裏スタッフ

組織経営陣

組織スポンサー

個人パトロン(会員)

地域コミュニティのパートナー団体

等々・・・

 

たくさんの役割を、たくさんの人たちが担って、運営されています。オーケストラとは、多様な人材が協働している、とっても複雑な組織なんですね。

 

・・・ということは。

多様な価値観、

多様な専門性、

多様な働き方、

多様な個性、

これでもかーっ!というほどの多様性が存在しています。

ミュージシャンの中をとって見るだけでも、担当楽器により個性があり、ミュージシャン間のヒエラルキー(序列)もあり・・・。

だからこそ、お互いの立場や役割を尊重し合いながら、価値観のすり合わせを行い、よりよりパフォーマンスをお客さんに提供するために、ひとりひとりの高い異文化感受性が求められるわけです。

 

そして、セントポールという街を本拠地とするこのオーケストラ。

地域との豊かなつながりを築いていきたい

という素晴らしいビジョンを持っています。

そのためには、セントポールという土地柄を知る必要がありますね。ミネソタ州の州都であるというだけでなく、移民人口がとても多い居住地域なんですよ。・・・と、いうことは。

多文化コミュニティ。

オーケストラの内側だけでなく、彼らを取り巻く周りのコミュニティにおいても、人と文化の多様化がどんどん進んでいるのですね。

そんな地域コミュニティとの関りを築いていくためには、組織としての異文化感受性が問われます。

「どんなコミュニティの人がコンサートに来ても、歓迎されているな、と感じてもらえるような場をつくりたいの」

と、コミュニティ・マーケティングの担当者は話してくれました。

「例えば、モン族の人が来てくれたときなんかにね」

と。

 

私から彼女に投げ掛けた問いは、

「あなたが歓迎されているな、と感じるのは、どんなとき?」

「モン族の人が歓迎されているな、と感じるのは、どんなとき?」

 

多様性の中においては、「歓迎する」という概念は同じでも、「歓迎の気持ちの表し方」「歓迎の気持ちの受け取り方」は、異なる可能性が高いのです。

私が歓迎されたい方法で、相手を歓迎すれば良い。

という、ゴールデンルールでは、気持ちがすれ違ってしまう・・・下手をすれば誤解を生んでしまうこともあるのですね。

そのことに気が付かなければ、オーケストラの「歓迎したい」という気持ちは相手に受け取ってもらえず、空回りしてしまいます。

 

彼女に出した宿題は、

「歓迎しよう」とする前に、コミュニティの中に出かけていって、「歓迎されて」来てください。

 

さてさて。これからが楽しみです。

 


 

参加者募集中のプログラム(11月~12月 日本開催)

 

 

 

 

 

Where Am I?

異文化感受性を育てるブログクライアント事例 カテゴリーを表示中です。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。