こんなご感想をいただいています。

2017年6月24日 § コメントする

なんかね、すごーくマジメで堅苦しい人だという印象を持たれることが多いんですね。

で、お会いしておしゃべりした途端、

「え、亜希子さんって、こんな方だったんですか」

ってね。

ほんっとに、よく言われます。

「よく笑いますね」

とも、よく言われます。

Akiko and obaachan

笑い上戸は大好きだったおばあちゃん譲りです。

まぁ、これは良くも悪くも取れますが、私は良いほうに解釈しています。

思ったより気さくな人だった・・・

けっこう面白い人なんだな・・・

と、親しみをもってくださった、ということだと捉えています。

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さて、今年2月に帰国した際に開いたいくつかのワークショップに参加してくださった皆さんのご感想、ぜひご参考にしてください。

怖がらないで(笑)会いに来てくださいね~。8月のリトリートでお待ちしています。

『異文化感受性開発のための勉強会』受講者の声

“自分のことを振り返ることが出来ました。お話がおもしろく、とても分かりやすかったです。また受けたいです”

“異文化感受性というタイトルで、初めはどんな内容なのか?理解できるのか?と思っていましたが、とても分かりやすくご説明いただき、自分と周りに対する見方、考え方をもう一度とらえることが出来ました。伸びしろいっぱいで、これからがおもしろそうです”

『異文化コミュニケーションをひもとく勉強会』受講者の声

“すべて分かりやすかったです。Best は「異文化コミュニケーションの極意」でした。一言で表現してもらえたので、合言葉にできそうです”

“多様性という言葉が何なのか、多様性の層や自分の自己紹介とが結びついて、ようやく腑に落ちました。多様性が今まで自分から遠い言葉だったのが、近い言葉になりました。「グローバル社会」という言葉に対しても同じでした。身体を動かすワーク、自己紹介、自分が動いたり言葉を出すことで、‘自分でわかる’ことができました。教えてもらうより、体験を通してわかることが気持ちいい。すとっと落ち着きました”

大学教員向けFD研修:
『調和ある多様性の創造を目指して~あなたとあなたの組織の異文化感受性を知る~』受講者の声

“自分の発達段階を自覚できました。様々な多様性に自分が影響されていることがよくわかりました。様々な仕掛けが入った研修で、とても面白かったです。ファシリテーションの参考になりました”

“研究者、教育者として、異文化となる全ての人に、‘相手に伝わる言葉で’伝えよう、いくらでも言い換えよう、くり返し対話をしよう、と思いました。変革は急にあらわれない。花まるアイデアが出る土壌づくりが必要だと思いました。先生の教授法の緻密さがすごいと思いました。頭も心も、ふだん使っていないところを使いました”

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私にできることはなんだろう?

2015年1月28日 § 1件のコメント

みんな同じ人間なんだから、仲良くやろうよ。

・・・と言っているだけで世界が平和になるのであれば、どんなに良いでしょうか。現実にはそうもいかず、仲良くやっていきたいと思っている人同士でさえも何故かうまくいかない、なんてことが多いものです。

周りを見まわし、世界を見まわすと、胸が痛む出来事がたくさん起こっています。ミズーリ州セントルイスでの暴動はつい先日のことのように感じますが、その引き金となった黒人青年が警察官に射殺されて亡くなった事件から、もう半年近くも経ちます。あれ以後もいくつもの悲しい事件が続き、ここ数日はイスラーム国の人質となっている日本人の方の安否が心配されていますね。

他人事ではないんですね。

平和な世の中を願っている私たちの多くが、だからと言って何をすればよいのか、何candle-1208573-sができるのかわからずに、もどかしく悔しい思いをしているのではないでしょうか。

セントルイスで暴動が起こっているとき、カールソン経営大学院で非常勤講師として教えていたクラスでも、その影響を受けました。クラスにナショナル・ガード(国家警備隊)に所属している学生がいたんですよ。「いま、セントルイスにいます。来週の授業には出たいと思っていますが、もしかしたら暴動の後処理で滞在が延びるかもしれません」という短いメールをくれた後、最終的には3週間、授業を欠席することになってしまいました。

異文化感受性開発に取り組んでいる仕事柄、「今回の事件について、異文化感受性開発の視点から見て、アキコはどう思う?」なんていう質問を受けたりします。「警察官にも異文化感受性トレーニングが必要なんじゃないの?」なんていう提案も受けます。

実際のところ、私にできることって一体なんなんだろう?

毎日のように自問してはいますが、あまりにも途方もなく大きな問いで、何も大したことのできない自分自身にがっかりしてしまいます。みなさんはどうですか?私のように、呆然と立ち尽くしてしまうしかないんだよね・・・という方も多くいらっしゃるのではないかなぁ。

異文化感受性発達理論の言葉をかりて表現するならば、「みんな同じ人間なんだから、仲良くやろうよ」という立場に立つのはとても危ないのです。「仲良くやろう」と言っているのだから、平和主義的に聞こえますね?「みんな同じ人間なんだ」と言っているのだから、非常に高尚で賢明に聞こえますね?でも、それが危ないのです。

なぜか?

それは、「みんな同じ人間なんだから、仲良くやろうよ」と言ってしまう陰には、『最小化』の世界観が見え隠れするからです。異文化感受性発達理論の5つの段階のうちの3つ目、最小化。「みんな同じ人間なんだから・・・の罠」については以前にも書きました。人と人との共通点(例えば“同じ人間であること”)に目を向けることで、人と人との間にある大切な違いに目を向けられなくなる・・・。

私も思いますよ。みんな仲良くしようよ。人間同士なんだから、と。

でもそう言うことを隠れ蓑にして、考え方の違う人、価値観の違う人、習慣の違う人たちを避けているのでは、やはり既存の対立や抗争に加担しているのだと思うんですよ。コンフリクトを避けている(つもり)の時は、コンフリクトが起きるべくして起きている社会を継続させることに加担しているのだ、と理解していいと私は思っています。

悲しい出来事を目にするのは辛いです。理不尽な言動を目にすると心を乱されます。私も本当に嫌です。目にしたくない。でも、避けたいからといって、最小化(目を向けなくなること)していいのか?違うよね、ということなんです。

悲しい出来事を減らすために、理不尽な言動を社会からなくすために、いろいろな努力をしてくれている人たちがいます。事故があれば駆けつけ、災害があれば駆けつけ、事件があれば駆けつけ、問題の只中で奮闘してくれる人たちがいます。

私はどうか?

省みれば、何か直接的に問題解決の役に立っていることは、ほとんどないですね。では、どうする?間接的でもいいから、役に立つことをできるか?悲しい出来事を減らすために、理不尽な言動を社会からなくすために、間接的にでも役に立てるか?そこに立つことしかないというところに行き着きます。

私にできることはなんだろう?

諦めずに問い続けるしかないですね。そして「これならできる」ということをやり続けるしかね。

無力感(私では無理・・・と思う気持ち)と効力感(私にはできる!と思う気持ち)の間を行き来しながら、これからも自問したいと思います。もっと書いてみたいことはあるのですが、今日はここまで。

多様性マネジメントを発達段階的な視点で見る

2014年12月19日 § 1件のコメント

さて、少しブログ更新に間が開いてしまいました。学期末に切羽詰るのは学生だけではない、ということですね。お恥ずかしいことです。

2014年秋学期の最終授業日、学生の一人が講義中の写真を撮ってくれました。ちょっと薄暗く見えますが、きれいでハイテクな(私は使い切れていませんけれど)教室なんですよ。

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多様性をマネジメントする

というテーマで学び合った数ヶ月でした。

多様性をマネジメントする、という講義名はカールソン経営大学院から指定されたタイトルでしたので、変えることはできませんが、私が学生たちに手を伸ばしてほしいと考えていたのは、狭い意味で“マネジメント”するのではなく、多様性を“活かす”ということ。そのために、毎回の講義はさまざまなテーマで進みました。その中のひとつをご紹介したいと思います。

それは、『多様性マネジメントを発達段階的な視点で見る』ということです。今回はいくつかの発達段階理論を紹介し、学生がそれぞれ自分が最も関心を持った理論について学ぶ、というかたちを取りました。クラスでのディスカッションに加え、リフレクションレポート(個人的見解についてのエッセイのようなもの)を課題として出しました。レポートの内容は、

  1. どの理論に最も関心を持ったか。
  2. それはなぜか。(自分自身の具体的な体験や持っている価値観などとの関連を示す。)
  3. その理論は多様性マネジメントにどう役立つか。
  4. その理論を活かして、マネジャー/リーダー/プロフェッショナルとして、自分ができることはなにか。(具体的なアイデアやプランを示す。)

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学生それぞれ、自分なりのリフレクションをしたようでしたが、やはりそのレベルやクオリティーにはかなりの幅があったように思います。クラスの最年少は大学4年生の学生たちなので、おそらく21~22歳。やはり働いた経験が少ない、ということを理由に、具体的な事例を示せない学生もいましたね。ビジネススクールだからといって、仕事の経験に関してだけリフレクションすれば良い、もしくは仕事に関していなければいけない、ということはまったくないのです。クラブ活動、ボランティア活動、インターンシップ経験、アルバイト経験、または家族や友人たちとの関係について、リフレクションすればいいんですよ、と伝えていました。同じ大学4年生でも、柔軟なイマジネーションを使って、理論を個人的な体験と関連付けてリフレクションし、さらに将来マネジャーとなったときの自分についてビジョンを語れる学生もいましたよ。

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クラスの修士課程の学生たちの中には、ベテランHR(人事)プロフェッショナルたちも含まれています。彼らから、自分の仕事を発達段階的な視点でみることでどう向上できるか、具体的な事例を含めた考えをたくさん聞けたことは、他のクラスメートたちにとっても貴重な知識となったことと思います。

学期末です。

2014年12月3日 § コメントする

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いよいよ12月に入り、2014年度秋学期も、授業はあと残すところ一回となりました。冬休みを前に「やっと終わる~」という気持ちと、「このクラスの学生たちとはもう会えないんだなぁ・・・」という気持ちが交錯します。

ミネソタ大学カールソン経営大学院で「Managing Diversity(多様性をマネジメントする)」という授業を教えていますが、カールソンで教えるのも今回が初めて、Managing Diversity という講義名で教えるのも初めてでした。似通ったテーマで教えたことはありますが、やはりテーマに沿って適正にシラバスを書き換えるので、内容は自ずと変わってきます。

来週の最後の授業は学生たちのプレゼンテーションで〆ます。8割ほどが修士レベルの大学院生で、残る学部生も卒業間近の4年生。レベルの高いプレゼンを期待しています。

残るは、採点、成績つけです。先生をしていて一番苦手なところ(苦笑)。がんばらなきゃね~。学生たちも学期の追い込み。先生たちも追い込みです。

今日は、近況報告でした。

「そんなこと」に使う時間はある

2014年10月29日 § 1件のコメント

さて、何のお話から始めましょうか。

昨日の大学での授業のお話からにしようと思います。

ミ ネソタ大学には、カールソン経営大学院というビジネススクールがあります。この秋、Managing Diversity (多様性をマネジメントする)というテーマの講義を担当することになりました。昨日の第一回目の授業、約8割が大学院生、残り2割ほどが学部生という学生たち。夜間のクラスということもあり、社会人大学院生も多いように見受けられました。

初めの授業というのは独特の面白さがあります。私も少しドキドキですが、学生たちも顔がこわばっているんですね。緊張するのでしょうね。

およそ3時間の授業を週に一回、7週間続くクラスです。7回しかない授業の中で、どれだけのコンテンツを盛り込み、伝えることができるか、教える側も工夫の必要なところです。

そんな貴重な授業の一回目、授業の3分の1にあたる1時間を費やして、私の自己紹介、TA(ティーチングアシスタント)の自己紹介、そして学生たち40人のひとりひとりに自己紹介してもらいました。ひとりひとりに答えてもらった問いはたった2つ。

What is your name?(あなたの名前は?)

What is one thing about you that will help me remember who you are?(私があなたのことを覚えていられるように、あなたのことについて何かひとつ教えて?)

おもしろかったですよ。自分の名前の由来を教えてくれる学生や、自分の趣味を教えてくれる学生、ほかには出身地のこと、特技、同じ名前を持つ有名人、お気に入りのことわざ、等々、いろいろなことを共有してくれました。

ひとりひとりのコメントを名簿にメモしながら、ときにはコメントを返しながら、まったく時間を気にしていないかのような私の様子に、学生たちはきっとイライラしたり、「いつになったら授業の本題に入るんだろう??」と心配したりしていたことと思います。

私が伝えたかったこと。

ダイバーシティ・マネジメントの理論やツール、ベストプラクティス例、そんなこんなを学ぶことよりもその前に、私が伝えたかったことは、

「お互いを知り合う時間はある」のだということ。

普段、いろいろな組織に出向きますが、ダイバーシティのこと、異文化感受性開発のこと、そんなお話をする場には、必ず何割かの割合で、

「そんなことに時間を使っている暇はない」

とおっしゃる方があるんですね。本当にそうですか?と聞き返すようにしています。

なぜ時間がない、と言ってしまうのでしょう。いくつかの理由があります。

  • 多忙のため、余計なことは一切したくない。
  • 時間がない、が口癖になっている。
  • お互いを知り合う、なんていうのは軟弱なことだと考えている。
  • →ゆえに、さっさと仕事だ!と言うことでデキル男・デキル女を演出している。

といったところは一般的ですが、もうひとつ大きな理由が隠れていることが多いものです。

  • 自分に目を向けたくない。

という気持ちです。自覚がある、ない、に関わらず、大人たちは往々にして、自分の欲求を心の奥に押し込めて生きていることが多いものです。そんな毎日を送る中で、自分の気持ちや本当の願いなんていうことについて考える、ましてや人と共有し合うなんていうことは、とんでもなく無防備で、危険なことのように感じるようになってしまうのです。

ダイバーシティを理解し、どんどん活用していくためには、私たちひとりひとりの自己理解、そして他者理解が不可欠です。そこが出発点なんですね。

異文化感受性を育てる第一歩は、自分のことに目を向けること。そして第二歩目は、周りの人たちに目を向けること。お互いを知り合うこと。そこからしか始まらない。

マネジメントをするということは、自分を知り、他者を知り、場を知り、そして組織を動かしていくことです。そしてもちろん、目指す結果(ビジネス・アウトカム)を生んでいく。

結果を出すためには、一見遠回りに見えたり、時間の無駄に見えたりする道を、丁寧に通ることが必要です。少し勇気が要ることかもしれませんが、焦って近道をしたつもりでも、結局はそこに戻ってくるものです。

時間はあります。

あなたが「ある」と言えば、たちまち時間はあるのです。あなた自身に、周りの同僚たちに、地域社会に、世界に、関心を持ちましょう。

 

学生たちには、どれだけこのメッセージが届いたでしょうか。これからの7週間、私の伝えたいことを精一杯伝え、学生ひとりひとりが持ち寄るリソースもどんどん活かした授業にしていきたいなぁと思っています。

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